ブリットポップはソーシャルインフルエンスだったのか?

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新年1発目のブログです。明けましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いいたします。

さて、去年の最後の記事からこのブログは第2章を始めた。
テーマは「ソーシャルインフルエンス」ソーシャルメディア×戦略PRの融合である。

ソーシャルメディアマーケティングのその先へ。
もっともっとソーシャルメディアと音楽を推し進めていく上で、ソーシャルインフルエンスはユーザに新しい音楽体験を作り出すことも、ヒットを生みだすこともすべて内包している。

では、ソーシャルインフルエンスとは何なのか。
音楽に当てはめて考えた場合、それは「ムーブメントを生みだす」ことだ。
その単位が「曲」「アーティスト」「音楽シーン」「音楽業界」様々な部分でソーシャルメディアマーケティングと戦略PRを掛けあわせて大きなムーブメントを起こせるのか。起こすのではなくて、そもそも起こせるのか。これが新しいブログのテーマである。

今回は90年代、イギリスでそれこそムーブメントを巻き起こした「ブリットポップ」がソーシャルインフルエンスだったのかについて検証したい。

ブリットポップとは?

ブリットポップとは、1990年代にロンドンやマンチェスターを中心に発生したイギリスのポピュラー音楽ムーブメントである。

このムーブメントは、オアシスなどを中心に一旦は海外にも広まる兆しを見せ、他のポップカルチャーも巻き込んだ「クール・ブリタニア」などの狂騒を生む。しかし、ムーブメントの中心人物だったブラーのデーモン・アルバーンによる「ブリットポップは死んだ」と言う発言によって、1997年頃に一応の終止符が打たれた。

さて、もともとはマッドチェスターの終息に向かう中で、アメリカではニルヴァーナを筆頭したグランジが盛り上がってきており、その状況に危機感を募らせていた音楽業界関係者たちは、イギリス本来の気質や伝統を持ち合わせたロックの復活を望んでいた背景がある。

そこに現れたのがスウェードであり、ブラーであった。そして、超新星のオアシスが登場する。やがて、このブラーとオアシスの2大バンドを中心にしてブリットポップはムーブメントとして加速していくことになる。

中流階級出身のブラーと労働者階級出身のオアシスの両バンドにおけるこういった音楽性、階級の違いをマスメディアは大きく取り上げ、いつしか「ブリットポップ」なる言葉が誕生することとなった。多くのレコード会社は、この時が来るのを待っていたかのように新人バンドを次々とデビューさせた。それが翌年のブリットポップ・ブームの本格的な到来へと繋がっていった。

ブリットポップ・ブームは社会現象と化し、ミュージシャン達がバラエティ番組への出演や新聞に載るなど身近なものへと浸透していった。更には業界の枠を超え、モデルとなってファッション雑誌にイギリス国旗をあしらった衣類を着て登場するなどの変わった一面も見せていた。メディアは音楽のみならず、ファッション、芸術などイギリスのポップカルチャーの特集を組み、「クール・ブリタニア」と呼ばれるこれらの状況を指す用語が登場し、広く用いられるようになった。

それを象徴するかのように1996年、ユアン・マクレガー主演の青春映画「トレインスポッティング」が公開され、ロングラン・ヒットを記録。劇中で使われている楽曲にブリットポップ系バンドが多数参加しており、イギリスのエンターテイメント界は絶頂期を迎えたのであった。(wikipedia参照)

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マスメディアとパブリシティが生み出したブリットポップ

ブリットポップの背景から考えてみると、自然発生的に生まれたものではないことがわかるだろう。まず発端としてグランジに対するカウンターとしてイギリスロックの復権を生みだそうとし、そこにスウェードやブラー、オアシスというバンドが登場し、ブリットポップというワードが生みだされた。

もちろん、偶然性も多分に含まれており、すべてが戦略的ではないが明らかに世の中にムーブメントを起こそうとしたのが見て取れる。それは特にブリットポップが最盛期を迎える直前が顕著である。

簡単にブリットポップの流れを書いてみよう。

①グランジへのカウンターとしてイギリスロックの復活願望
②イギリスらしさを備えたスウェード、ブラー、オアシスなどの登場
③ブラー、オアシスを中心にした数々のバンドのデビュー(ブリットポップ)
④ブリットポップは音楽シーン以外へと波及(ファッション、芸術、映画)
⑤クール・ブリタニアという社会現象の誕生

ソーシャルインフルエンスとは、「ムーブメントを起こすことである」それは世の中ゴト化をさし、誰に話しても知っている状況を指す。

しかし、現在多くの世の中ゴトは「知ってはいけるけど、興味がない」人々から見れば、「世の中ゴト」でも「自分ゴト」でもなく「他人ゴト」である。その観点で見た場合、このブリットポップは明らかに「世の中ゴト」としてイギリス(あるいは世界を)を席巻したと言える。(全国民がというわけではないが)

ブリットポップは「ソーシャルインフルエンス」ではない。なぜなら、インターネットもまだまだの時代においてソーシャルメディアなど存在しないからだ。(当たり前だが)しかし、社会的影響力(ソーシャルインフルエンス)という意味では間違いなくソーシャルインフルエンスだった。

とはいえ、このマスメディアとパブリシティを駆使して世の中の誰もが知っている状況を作り出し、音楽以外への波及を生み出し、ムーブメントを作りだしたのは間違いない。少なくとも最低でも3〜4回はドライブをかける動きをマスメディアやパブリシティ含め行なっている。ブリットポップからクールブリタニアへ。その燃料の投下タイミングが結果的偶発的だったかもしれないが、つまり自分ゴト、仲間ゴトから世の中ゴトへというスケールアップを可能にした。

これが単にブリットポップ単独であればそれは音楽が好きな仲間内(とはいっても当時は音楽の共通言語が多かったはずなのでかなりの数にはなるだろうが)でとどまっていた可能性が様々なカルチャーにブリットポップが融け合う事で「クール・ブリタニア」という社会現象を生み出したことが大きい。(ブレア元首相による国家ブランド戦略の政治的影響がとても強いが)

そう、ブリットポップは音楽を外部へ拡張させたのだ。ファッション、映画、アート、政治それらがブリットポップというあるトライブ内のムーブメントからクールブリタニアというトライブを超えたムーブメントへと変異した

ブリットポップを含めた流れを以下に記載した。フェーズは8つに分かれ、それぞれポイントなる背景や出来事が生まれている。そして、ムーブメントとしての加速はフェーズ4のblurとOasisの階級文脈をフィーチャーされ始めたあたりだ。

britpop

ブリットポップを現在に置き換えることができるのか?

確かにブリットポップは「ムーブメント」を作り出した。新しいバンドが数多く現れ、音楽以外への融合も生み出し、売上げにも大きく貢献した。
ただ、残念ながらこの仕組みを今に当てはめることは当然のことながらできない。なぜなら、生活者は音楽以外へ時間を使い、音楽の趣味は多様化し、音楽の共通言語がなくなってしまったからだ。お茶の間が消滅したいま、家族で、学校で、職場で共通の文脈を作り出すことは難しくなってきてしまった

そこにソーシャルメディアが現れた。ブリットポップが起こったようなマスメディアとパブリシティだけで世の中が動くかというと、動かない。厳密に言うと、動いたとしても「ケッカテキ世の中ゴトに見える他人ゴト」になってしまい、「知っているけど、興味が無い」状態である可能性は高い。

ブリットポップの企てがどういう落ちどころを設計していたかはわからないが、ムーブメントを起こすということは、必ずムーブメントは終息に向かうということだ。ソーシャルインフルエンスを仕掛ける際にも、上記図のように「影響の単位」をどこから始め、最終的にどこまで拡大し、生活者をどう動かすのかという物語を作らなければならない。終息した際のシナリオも音楽の場合は考えておく必要がある。(特にアーティストは中長期的なロードマップが必要。でないと、もっとも悲しい形で消費されて終わってしまう。)

ソーシャルインフルエンスの先のゴールは何か。その企てするチームによってゴールは変わるだろう。大切なことは、生活者はどうしたら動きたくなるのか。動いた結果、何があるのか。そこにソーシャルメディアはどう寄与するのか。

ブリットポップはあの時代だからこそ成立したムーブメントだったのかもしれない。しかし、世の中の動かし方は多いに参考になる点があるはずだ。そこに新たに加わったソーシャルメディア。そして、マスメディアとソーシャルメディア両方に共通する文脈づくり。パブリシティから戦略PRへと。

ソーシャルインフルエンスはモノを動かす。ソーシャルメディアマーケティング単独ではそこまでのパワーはなかなか持ち得なかった。「自分ゴト」と「仲間ゴト」が限界だった。しかし、それは変わらず重要な要素である。しかし、それをもっと大きなチカラに変貌させることがソーシャルインフルエンスだ。

つまり、マーケティング的に言えば、「数百万規模から数千万人規模の生活者の “非認知かつ低関与(関心)” のエリアにある楽曲/アーティスト/音楽シーン/製品/音楽サービスを “認知かつ高関与” の状態に変化させ、購入に至らせる」ことである。

ソーシャルインフルエンスは、ソーシャルメディアマーケティングと戦略PRの融合で「世の中ゴト」を作り出し、モノは動かすことができる可能性を持っている。それは音楽でもあり得るかもしれない。しかし、忘れてはいけないのは先に記したようにユーザにも新しい価値や魅力を訴求しなければならない。仕掛ける側の都合だけで実行してもそれはきっとうまくいかないし、ユーザからの反発を食らうだろう。

重要なことは、ムーブメントの名称を作り出すことだ。世の中のゴト化し、誰に話しても共通の言語として機能する言葉を生みだすことだ。今回であれば「ブリットポップ」であり「クール・ブリタニア」である。そのときの「影響の単位」が曲やアーティストであれば共通の言語は楽曲名やアーティスト名かもしれない。

いま、ソーシャルメディアによって「3つの影響の変化」が生まれた。その3つは「影響力のベクトル」「影響力の範囲」「影響力のスピード」である。

「影響力のベクトル」:影響力が行使される方向性が、これまでの一方通行から「双方向」に変化したこと。

「影響力の範囲」:これまでよりも高効率に、広い範囲に影響を及ぼすことができるようになったこと。

「影響力のスピード」:これには、「影響の拡がるスピード」と「影響を持つまでのスピード」の飛躍的な向上

この「3つの影響の変化」は明らかにブリットポップ時代とは違う影響の変化が生まれている。その流れに合わせた新しいチカラ=ソーシャルインフルエンスがもしも音楽で起こすことができたのならば、音楽ビジネスに新しい光を灯すことができる。

ブリットポップから考えるソーシャルインフルエンスはある視点で見れば、昔のように音楽への時間減少や共通言語の消滅から実現させるのは難しいという考え方もある。

一方で、あの時代になかったソーシャルメディアを駆使してブリットポップ以上のムーブメントを起こせる可能性も秘めている。それとも小さなトライブの塊としてのムーブメントがアチラコチラで起きるのか?その塊がやがてトライブスとなり、大きなムーブメントを起こすのか。

これからの時代にムーブメントを起こす可能性としてソーシャルインフルエンスは果たして実現可能なのか。引き続き考えてみたい。


【独り言】
今年はいよいよブラーが10年ぶりに来日ですね!


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