【ゲスト寄稿】スーパーボールで見えた音楽を「コマーシャライズ」する本当の意味

今回は、日本でいちばんの音楽ブロガーであり、友人のジェイ・コウガミさんに寄稿していただきました。ジェイさんはいち早く海外のプロモーション事例やニュースを紹介し、日本の音楽業界に多大なる貢献をしている唯一無二の存在です。

そのジェイさんに今回は先日、行われた「スーパーボールの事例を中心にマスメディアと音楽の融合」を寄稿して頂きました。骨太の内容です。では、ご覧ください。


スーパーボールで見えた音楽を「コマーシャライズ」する本当の意味

音楽のプロモーションがこの数年で劇的に変わっています。リスナーの期待値が高くなったことによって、アーティストや制作者側は常にクリエイティブでユニークなプロモーションを求められる傾向が強まっていることは、このブログの読者の皆さんであればすでに感じていらっしゃると思います。そんな中、プロジェクションマッピングやFacebookページ開設など、新しいテクノロジーを導入し、リスナーに新しい音楽の楽しみ方を提供する流れが見られます。

しかしこれらの動きはミクロ的視点でのアプローチであって、大きなゴールを目指す場合の音楽プロモーションでは、持続性を作ることは難しくなります。結果的にプロジェクションマッピングやFacebookページなどのツールに依存するだけでは、音楽プロモーションを成功に導くことは不可能です

これらを踏まえて音楽ビジネスを俯瞰的に考えてみると、音楽ビジネスにおいてコンテンツの付加価値をはまだまだ大きく伸びる可能性が深く眠っているように思えます。音楽ビジネスでは、コンテンツの価値を再考し再定義することによって、中長期的な音楽プロモーションを精巧に導くために考えなおさなければならない領域だと感じています。

そして、音楽コンテンツの価値を高めるためのアプローチとして考えられるのは、音楽の「コマーシャライズ」化です。

 ◆音楽を「コマーシャライズ化」し始めたアメリカ音楽シーン

コマーシャライズ(Commercialize)の意味は、「製品化」や「商業化」という意味や「市場投入」という意味があります。

「じゃ音楽をiTunesやタワレコで売っていることと何が違うの?」と質問が上がるかもしれません。

ここで触れる音楽とは、音楽=CDやダウンロードといった販売だけを意味するものではありません。例えば、デジタルダウンロード(シングル、アルバム)もあれば、ツアーチケット販売、ファン層拡大なども意味し、さらにはアーティストのブランド拡大や楽曲に対してのロイヤリティ向上も含まれ広義の意味合いが強くなります。

海外では当たり前に実践されている「コマーシャライズ化」された音楽は、価値が再構築され、目的が明確になります。そして様々な目的設定を軸にリスナーへ届けられます。同じ音楽コンテンツでも受け手によって、その価値やコミュニケーションの形状が異なります

このアプローチを積極的に取り入れているのが、アメリカの音楽シーンです。ここで具体例を先日行われたスーパーボールのハーフタイムショーのケースから考えてみたいと思います。

◆スーパーボールと音楽の融合

アメリカには、毎年プロフットボールの頂点を極めるスポーツイベント、スーパーボールが存在します。スーパーボールは毎年最も視聴率を稼ぎだすドル箱テレビ中継であり、さらに大手企業は高額な広告料を支払い、テレビCMを使って全米そして世界(YouTubeで波及)の消費者に向けてコミュニケーションを図ることができる、マーケティングの場となっています。そして、そのマーケティングは、音楽も例外ではありません。スーパーボールは、音楽マーケティングにおいても世界で類を見ないケーススタディを提供してくれます

例えば、スーパーボールのハーフタイムショーにはこれまで大物アーティストが数多く出演してきました。その中でも1993年以降に出演したアーティストは毎年音楽売上を伸ばしていることをご存知でしょうか?

今年出演したブルーノ・マーズは最新アルバム「Unorthodox Jukebox」の売上が前週から82%アップし、アルバム・チャートでは3位に返り咲く結果となり、ハーフタイムショーがただのエンターテイメントではなく、音楽プロモーションのプラットフォームとして機能することを示しています。

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さらにブルーノ・マーズは今春から開始するツアーにも、ハーフタイムショーをミックスさせます。スーパーボールの数日前にFacebookで全米ツアーの開催を発表、そしてハーフタイムショーが終わった直後に翌日10:00amからチケット販売を開始することを発表しました。テレビでアーティストの熱いパフォーマンスを見て感動しているファンに向けて、チケット購入というサプライズと導線を同時に提供、興奮冷めやらぬままライブへと誘導して行きます。実際にハワイではチケット販売は2時間で売り切れとなっています。

2013年のハーフタイムショーに登場したビヨンセのケースはユニークです。彼女はその年(2012年)にシングルもアルバムもリリースしていませんでした。しかし彼女はハーフタイムショーでの注目を、2013年から2014年にかけて行われたワールドツアーのプロモーションとして活用しています。

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ビヨンセはハーフタイムショー直後にワールドツアーをソーシャルメディアで発表、チケット販売を開始しました。パフォーマンスの話題でファンやメディアの盛り上がりが最高に達したそのタイミングに、さらに大きなサプライズを出すことで、話題性を持続させながらファンやメディアの関心を拡げることに成功しています。

 ◆エミネムとマスメディアで作る音楽の付加価値

ブルーノ・マーズやビヨンセの例では、スーパーボールのハーフタイムショーは音楽プロモーションのプラットフォームであり、音楽(この場合はパフォーマンス+情報)をファン向けに「コマーシャライズ化」することで、アーティストへの関心を高め、同時にビジネスへと結びつけることに成功しています。

ビヨンセのように、コンテンツやツアー、ファンとのエンゲージメントなどあらゆる領域で音楽への共感を高め、消費者をリアルな世界での行動につなげる戦略は、現代の音楽ビジネスの武器になります

一方でエミネムの事例はスーパーボールのような音樂と関連性の高い機会での融合ではなく、あえて音樂と関連性の低い場所で展開すること新しいマーケティングの機会を切り拓くことができます

アメリカで大学フットボールといえば、シーズン中は毎週に好ゲームが全国中継され、大学生からスポーツ好きまで多くの人がテレビの前に釘付けになって放送を見る、巨大なエンターテイメントです。

一方でハーフタイムショーといえば大学のマーチングバンドが演奏したり(これは別の意味で素晴らしい)、解説者のトークが流れたりするだけで、音楽とはあまり関連性の低いメディアでした。

エミネムは2013年にリリースした新アルバム「The Marshall Mathers LP 2」のプロモーションで、この大学フットボールのテレビ中継と連動して、ハーフタイムに新作音楽PVをプレミア上映するという過去に例がないプロモーションを行いました。それもただ音楽PVをゲリラ的に流すのではなく、戦略的に情報をコントロールしながらファンやメディアの期待値を高めて行った中でのプロモーションを実施しました。

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まず、テレビでの発表1週間前にFacebookで新アルバムのタイトルを発表、それと同時にシングル「Berzerk」のダウンロード配信を開始し、ファンの期待を高めます。さらにゲーム前日には、FacebookやTwitterで「Berzerk」の音楽PVが、大学フットボール中継のハーフタイムにプレミアされることを発表、エミネムのファンをだけでなく音楽メディアからの注目を上げて行きます。

そしてゲーム当日(試合はエミネムの地元でもあるミシガン大学とノートルダム大学の対戦)には、なんとハーフタイムにエミネム本人が登場、解説者からインタビューを受けながら新作PVを紹介することで、大学フットボールを巻き込んでファンの期待値を最高まで高めるプロモーションを終えました。

「Berzerk」の場合で言えば、米ビルボードのシングルチャートで翌週に3位デビューという成功をおさめます。この結果はテレビでのプロモーションがなければ達成しえなかったでしょう。

最終的にエミネムの新アルバムはチャート1位デビューし、2013年にはアメリアだけで170万ユニット以上を売り上げ、年間で最も売れたアルバム第2位という結果を残しています。

◆「コマーシャライズ化」は包括的な音楽マーケティングを可能にする

エミネムのケースで言えることは、「Berzerk」の「コマーシャライズ化」(製品化)によって、シングルダウンロード、音楽PV、プレミア上映を実現し、話題性とアルバムへの期待を生み出しているいることが特徴です。同時に、大学フットボールとの連携というサプライズ的な要素も話題性の醸成にプラス作用しました。結果、「Berzerk」の全米デビューは、楽曲のプロモーションだけでなく、アーティストの話題性拡大とアルバムローンチの期待値の増幅へと結びついているのです。

ブルーノ・マーズ、ビヨンセ、エミネムのケースを見てきましたが、果たして海外だけで実現する現象なのでしょうか? 日本で同じようなケースは存在するのでしょうか?

日本人アーティストは、紅白歌合戦やレコード大賞のように、誰もが注目する機会があるにも関わらず、音楽を「コマーシャライズ化」が出来ていない、または十分に実現しきれていないと言えます。

冒頭でも述べましたが、最近ではプロジェクションマッピングやアプリ連携などテクノロジーを使って、ライブパフォーマンスの楽しみ方を拡げようとしているステージ演出が見られます。ですが、はっきりいってこのやり方では音楽は売れません。プロジェクションマッピングでは音楽は売れません。

テレビから伝わる素晴らしい音楽体験とそのままつながる熱量が重要です。視聴者にとって最も喜ばしい情報は、テレビ中継の後にツアーが発表されることであり、即座にチケット販売が始まることです。

もしテレビ中継を見て、「ライブに行きたい」と思う視聴者がチケット販売サイトに行って見たら、もうすでに売り切れ状態にあるようなことが起きていれば、これは生で見たいと思うファンを逃している機会損失であり、戦略的プロモーションではありません

「テレビで聴かせてオシマイ」の流れでは、持続的に音楽を広げることができません音楽を売るのではなく、音楽の商品価値を売ることが、音楽プロモーションを最大化するアプローチではないでしょうか?

音楽の「コマーシャライズ化」には、従来行われてきた音楽プロモーションよりも、より広域でファン目線な戦略作りが必要になってきます

また音楽の「コマーシャライズ化」では、音楽の価値をより多くの人に届けるために、従来のメディアやプラットフォームと有効活用する必要もあります。スーパーボールのケースで言えば、テレビ(いわゆるオールドメディア)の影響力を増幅力としています。

ネットによってつながりあう社会が広がり、その中で音楽に対する価値観も変わってきています。音楽の価値を届けること浸透させるまでには時間がかかります。ですが今本当に求められているのは、ただ消費するだけでなく、個人やコミュニティが一緒になって共感し合える、音楽の価値ではないか、そんな気がします。ハードウェア(テレビ)とソフトウェア(SNS、デジタル・ダウンロード、チケット販売)の融合が絶妙なバランスで実現した時、より多くの人へ届く音楽プロモーションが実現してほしいと願っています。


【所感】

ジェイさんの視点は常に海外の最先端を見据えています。そして、それを英語の出来ない僕のような人間にもわかりやすく噛み砕いて伝えてくれます。

今回のブルーノ・マーズ、ビヨンセ、エミネムの事例も壮大な試みでありながら、音楽とマスメディアが見事に融合し、マーケティングとして機能している例を紹介してくれました。

もちろん、ジェイさんも書かれているとおり、日本にはスーパーボールのような日本国民誰もが見るような番組が皆無と言えます。

しかし、それを「ないからしょうがない」と諦める時点で、日本の音楽業界の可能性は狭まってしまいます。ないなら、作るべきなのです。みんなが見る番組を。みんなが見たいと思う番組を。音楽と融合できるテレビを。ハードルはとてつもなく高いです。

都合のいい海外の情報は日本にも!とならずに、ポジティブなことも、ハードルが高いことも含めて海外の事例を参考に、日本の音楽マーケティングを切り拓いていく。そういった強い覚悟のようなものを僕はジェイさんの記事を読んで感じました。

皆様はどう思われましたか?感想を聞かせてください。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。