U2とトム・ヨークから考える音楽マーケティング2.0

先日、U2がアップルと実施したニューアルバム「Songs of Innocence」の無料配信とトム・ヨークが突如トム・ヨークとBitTorrentoの連携したニューアルバム「Tomorrow’s Modern Boxes」はそれぞれ真逆の方法論でありながら、ともにテクノロジーを活用した音楽配信です。

音楽の届け方は確実に変化が起きています。
そこにはテクノロジーがベースとなり、新しい可能性が含まれています。

今回はU2とトム・ヨークの音楽の届け方から見えるデジタルマーケティングについて考えます。

◆過去最大規模のプロモーションを仕掛けたアップルとU2

アップルの新製品発表会の場で、ゲスト・アーティストとして登場したU2が最新アルバム「Songs of Innocence」をiTunesストアでの無料配信を開始しました。
(参考:U2が最新アルバムをiTunes限定で無料配信する前代未聞の取り組みを開始。ボノ「アップルがアルバムの代金を支払ってくれた」/All Digital Music

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Jay-Zとサムスンにも似たこのプロモーションは大きな話題をさらいました。
なんと自分のiTunesに自動的にU2の5年ぶりのアルバムが入っているわけですから。

これはアップルが事前に購入した結果、僕らの手元に届きます。
「凄まじいプロモーションだ!」と叫ばれた一方で、「いらない、消したい、容量を食う」といった理由から後日、アップルは削除方法を掲載しました。

この施策が良い悪いを論じるつもりはありません。
ただ、このアップルとU2の仕掛けはテクノロジーをフル活用して僕ら生活者に届けられる新しい音楽の届け方だったのです。

CDショップに行かずして、iTunesストアでクリックする前に音楽が入っているという事実。当然ながらU2レベルだからこそ可能になった技ではあります。

しかし、ポイントなのはアップルがお金を払い無料で僕らの手のひらに届いたことではなく、テクノロジーの進化によって、デジタルの普及によって、音楽の届け方、音楽体験は大きくシフトしたことではないでしょうか。

そして、企業を介した音楽を届けるという手法です。アップルはもはや音楽会社のひとつであるわけなので、音楽との関連性は極めて高いので想像に難くないのですが、これからアップルだけではなく、それこそサムスンのように、音楽に密接な関連性がない企業が音楽を媒介として、ブランドとアーティストが双方にメリットを享受するシステムが生まれてくるはずです。

タイアップやコラボレーションとは違う基軸でのスクラムの組み方の一例をアップルとU2は提示してくれたのだと思います。

これらの手法はまだ日本では実施が難しいですが、規模は小さかったとしてもテクノロジーとブランドが音楽を媒介としてアーティストのマーケティングに携わる事例が出来てほしいと思いますし、僕も手がけていきたいと思います。

また、U2はアップルと新しい音楽フォーマットの開発についても進めていると言われています。

◆バイラルネットワークで音楽を届けるトム・ヨーク

一方、トム・ヨークがBitTorrentoと連携したニューアルバム「Tomorrow’s Modern Boxes」のプロモーションはU2とは真逆の思考と手法で実施されています。

(参考:トム・ヨークが新作「Tomorrow’s Modern Boxes」を発表、リリース24時間でBitTorrent10万ダウンロードを突破All Digital Music

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トム・ヨークが突如発表したソロアルバムは限定デラックス・アナログレコードと(MP3/FLAC/WAVダウンロード付き、30ポンド)、ファイル共有システム「BitTorrent」のバンドル配信システムを活用したMP3音源(655円)の販売を始めました。

BitTorrentバンドル配信システムは、torrentoファイルと呼ばれる分割されたファイルをダウンロードしていき、結合することで全ファイルが入手できるダウンロード方法です。
P2PのBitTorrentならサーバが不要で、アップロードやホスティングのコストが不要ところもポイントです。

つまり、トム・ヨークのプロモーションマーケティングはウイルスのように伝搬するソーシャルネットワークを駆使して、話題だけでなく音源までも共有して完成させる仕組みを採用しました。

ソーシャルメディア上で物事を伝搬させるポイントである「Talk-able」「Buzz-able」「Shar-ble」のすべてを満たしています。それは新作をドロップしたやり方を見ても明らかです。

トム・ヨーク、そしてナイジェル・ゴドリッチはレディオヘッドのときから、バズマーケティングが抜群にうまいマーケターでもあります。同時にテクノロジーへの造詣も深く、Spotifyに対しては否定的な意見を述べるなど、オピニオンリーダーとしての側面も強いです。

ダウンロードが減少の一途をたどり、Spotifyを代表するストリーミングが伸びている中「こういったやり方もある」と宣言したようにみえるタイミングです。

BitTorrentバンドル配信システムは、トム・ヨークに限らず多くのアーティストにも活用できる仕掛けです。ただし、忘れてはいけない点はBitTorrentバンドル配信システムを使ったからうまく言ったのではありません

BitTorrentバンドル配信システムはあくまで手法であって目的ではありません。
他のアーティストも短絡的に発想して同じようなことをやってもうまくいかないのは自明の理です。

U2がデジタルのちから(アップルとiTunes)を活用して、デジタルマスマーケティングを実施したのに対して、トム・ヨークはまさにBitTorrentを用いて、ウイルスのようにソーシャルネットワーク上に出現したバイラルマーケティングでした。

◆U2とトム・ヨークが示すマーケティングのネクストステップ

U2、トム・ヨークに共通するデジタルマーケティングにおける成功の要素がいくつかあります。

・ファンとファン以外が必ず「WOW」となる要素
・ニュースバリューの創造
・「Talk-able」「Buzz-able」「Shar-ble」
・戦略の最初からソーシャルメディアを組み込む
・フリーミアムを搭載
・否定的な意見の発露

つまり、両者はデジタルマーケティングを最大化するポイントを熟知し、ソーシャル時代における話題の仕掛け方をしっかりと抑えていました

例えば、発表後、U2はiTunesトップ200アルバムランキングに9月12日の段階で、U2の過去のアルバム26作品がランクインしたことが明らかになっています。

トム・ヨークも24時間で10万ダウンロードを超え、現在はBitTorrentバンドルのダウンロード数が100万DLを突破したことが発表されました。

そして、両者に共通することはテクノロジーをベースに音楽の届け方を仕掛けている点です。デジタル化する波はもはや避けれませんし、僕はこの機会を大いにチャンスと捉えることができます。

マーケティングは日々代わり、マーケティング1.0から始まり、今やマーケティング3.0の時代に突入しています。一方、音楽マーケティングはどうでしょうか。U2とトム・ヨークのようなビッグアーティストがこうして音楽マーケティングの新しい扉を切り拓くことは素晴らしいと思います。

また、今回のU2とトム・ヨークの事例はマーケティングだけでなく、ランキングや受動の無料と能動の無料といった点においても興味深いです。その点についても今度書いてみたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。